弊社の最近のご支援の事例をご紹介します。
「トップダウンからボトムアップへ」と組織風土を変えようとしている、ある中堅企業に対する「対話型組織開発」の事例です。
半年以上をかけて行う組織変革プログラムの第1回目を先日行いました。
結果から申し上げると、「壁をなくす」という、社内に「見えない壁」があることを率直に認め、それをなくしていきたいという思いを語り合える場となりました。
80年続く老舗、新社長の決意
愛知県のM社は、自動車プレス金型を主力とする鋳造メーカー。
創業から87年、トヨタ・ホンダ・日産など名だたる自動車メーカーを顧客に、日本の製造業を支えてきた中堅企業です。
このM社で今年1月、社長が交代しました。 長く率いてきた創業家から、初めて生え抜きのベテラン社員へ。
新社長は、これまでの「トップダウン」の体制から「ボトムアップ」の自走型組織へと組織風土を変えようとしています
「指示待ち」や人間関係理由の退職等の課題を長年感じてきたからです。
これからの時代を生き残るには、組織の体質改善が必須だと考えています。
そんな折り、私のセミナーに以前ご参加くださった役員の方から、「ぜひ、ひとのわさんに伴走してほしい」とご依頼をいただいたのが、このプログラムの始まりでした。
岐路に立つ日本の製造業
日本の製造業は、いま静かに、しかし確実に岐路に立っています。
戦後の高度成長期以来、私たちが磨き上げてきた「トップダウンで効率を追求する」組織モデルは、確かに世界に冠たるモノづくりを生み出しました。
しかし、人口減少、技術革新の加速、若い世代の価値観の変化…こうした波の前で、これまでの延長線上に未来があるとは限りません。
経営者が描いた絵を、社員が忠実に実行する組織。
そういう組織は正確さと効率には強いかもしれませんが、社員の愛着、主体性、変化への対応力は弱い傾向があります。
いま日本の中小製造業に必要なのは、社員一人ひとりが自ら考え、対等に対話して質を高めていく「自走型組織」への転換です。
このM社も、その必要性を認識して動き出した会社の一つです。
スタートは「信頼と誇り」から

このプログラムは、様々な部門の責任者16人が参加する対話のワークショップを毎月重ねていくものです。
その第1回のテーマは「信頼と誇りを育む」としました。
組織変革の旅は、いきなり「変革しよう」と叫んでも始まりません。
また、早々と問題と原因を追究したり、目標設定を急いでも有効ではありません。
まずは、「話し合える関係」を築く必要があります。
「急がば回れ」と言いますが、建物に基礎が大切なように、対話にも足場づくりが必要です。
そのためには、「お互いへの信頼」を確かめ、「誇り」というポジティブな面を意識してもらうことが大事になります。
徐々に本音で話してもらうためには、「場が温まる」必要があるからです。
この日は、対話のテーマをこう設定しました。
・M社の強み
・会社のありたい姿
・仲間に感謝したいこと/仲間の強み
・チーム(部署)のありたい姿
・(そうあるための)明日からの小さな一歩
初回ですので、ネガティブな面ではなくポジティブな面に目を向けていただき、 日頃は思っていても言えていない感謝や褒め言葉を贈り合ってもらいました。 (皆さん、照れくさそうでしたが、中には感極まっていた方もおられました)
重要な社長のメッセージ

その前に、実は、とても重要な時間がありました。 社長が思いを伝える「社長スピーチ」の時間です。
新社長には事前にお願いし、お話しいただく内容を確認していました。
中でも、大事にしていただいたのは「社員への感謝」です。
業績が落ち込み、苦しかった時期にふんばってくれたこと。 短い納期でも難しい要求でも、顧客の求めに忠実に対応してくれること。
そんな、社長自身が本当に持っている感謝の気持ちを、 素直に社員の皆さんに語っていただきました。
そして、聞いた社員から感想をもらい、社長に伝える。 また、それを聞いた社長から言葉を返す。
そんなキャッチボールをしたことで、社員にとっては、 この場が単に「話し合いをさせられる」場ではなく、 社長と思いを共有し、共に対話していく場になりました。
「研修」との違い 「対話型組織開発」が選ばれた理由
今回行ったことは、いわゆる「研修」ではありません。
あくまで、社員自身が、全組織的に対話をしていく時間です。
便宜的に研修と呼ぶこともありますが、弊社では「ワークショップ」と呼んでいます。
弊社は「教える」のではなく、「引き出す」役回りです。
もしこれが研修だったら、こうなるかもしれません。
「皆さんの会社には壁があります。壁をなくすためのコミュニケーションは、こういう方法です。さあ、演習で実践してみましょう」と。
それは効率的に見えます。でも、それでは社員の主体性は決して引き出されません。
なぜなら、「壁がある」と他人から指摘され、「こうしなさい」と方法を授けられる経験は、社員にとって受動的な学びだからです。
「自分たちの会社の問題」が「他人から与えられた課題」に変わってしまう。
これでは「自走」どころか、また一つ「指示待ち」の経験を積み重ねることになります。
対話型組織開発が目指すのは、「社員自身が、自社の現実を見直し、自分の言葉でありたい姿を語り、そこに近づく方法を決めて実行していく」ことです。
私たちの仕事は、その発見と表現を支える「安全な場」を緻密に設計することにあります。
M社様は、その違いを理解してくれた上で、だからこそ対話型組織開発のプログラムを_時間がかかることを承知で_選んでいただきました。
付箋に溢れ出た社員の本心

社員自身が自らの思いを語れる安全な場を作れば、言葉は自然と溢れ出します。
その日、責任者たちが付箋に書いた言葉を、いくつかご紹介します。
会社のありたい姿として、こう書かれていました。
「壁をなくす」
「人と人が本音で話せる」
「上下関係なく正しい意見が通る」
「他部署の人を思いやれる人達であふれる会社」
「新入社員が辞めない環境にしたい」
事前に伺っていた「壁」「人間関係」「離職」という三つの課題が、参加者自身の言葉で、ありたい姿として書かれていたのです。「他人から与えられた課題」ではなく「自分たちが解きたい願い」として表れた瞬間です。
そして、この一言。
「自分の子供達に『おれの会社に入れ』と言えるようになっていたい」

私はこの付箋を見たとき、思わず立ち止まりました。
この一言の重さ。
製造業で長く働いてきた方が、わが子に対して、自分の働く会社への誇りを持って語れるようになりたい、という願い。
これ以上に、組織で働く人の希望を表現する言葉があるでしょうか。
ある部の責任者は、こう書きました。
「指示待ちのいない、全員が今どうすべきか考えていけるように」
「自走型組織」の定義そのものです。教えていません。彼の言葉です。
そして、新社長への眼差しを、こう書いてくれた方もいました。
「社長が社員のことを考えてくれている」
新社長就任から3ヶ月余り。
垂直方向の信頼が、もう静かに芽生え始めていることが見えました。
「明日からの小さな一歩」
最後のセッションでは、各部署が「明日からの具体的な一歩」を決めました。
「週一の営業ミーティングを行い、情報の共有を取る」
「1人1人とあいさつする!」
「製品の不具合を毎日見て1件ずつでも無くなる様にしていきたい」
上司やコンサルタントに言われたことではなく、自分たちで気づき、自分たちで決めた一歩。
そこに価値があるのではないでしょうか。
(人は自分が決めたことでないと、やらない生き物です)
生まれた小さな輪
そして、ワークショップの最後には、16人が輪になって座り、対話をふりかえって感想を語り合いました。
多くの方が仰っていたのが、 「他部署の方々と話し合えてよかった」でした。
日頃は業務のやり取りしかしていないでしょう。
廊下ですれ違うことはあっても、言葉を交わすことも少ないかもしれません。
話し合わないことで、ちょっとした不信感ができてしまい、時間が経つとこじれてしまう。
それが、付箋に書かれていた「壁」でした。
この日は、ほんの少し、壁を壊し、輪になることができたと思います。
組織の変化は対話から始まる
M社の取り組みは、もちろん、ほんの第一歩です。 時間もかかります。
しかし、変化は外側から指示や命令や待遇等で起こそうとしても長続きはしません。
「本当はこうしたい」という一人一人の「本心」があって初めて生まれます。
それをみんなで共有するのが「対話の場」です。
恐れや不安から日頃は出しにくいものを出し、描き、形を作り上げていくプロセスです。
そこに一人一人の主体性が生まれるがゆえに、変化は本物で、持続的なものになります。
こうした対話の場が日本の組織に広がり、誰もが幸せな組織が増えていくことを、ひとのわは願っています。
次回以降もまたご報告します。

